「鬼無里まり(きなさ・まり)」という名前でシャンソン歌手デビューした元女優の志穂美悦子さん、朝の生放送番組に出演し、話題になっています。
昔の特撮『キカイダー01』ではビジンダー・マリを、映画『女必殺拳』では李紅竜を演じた元祖アクション女優。
シャンソン歌手の芸名の「鬼無里まり(きなさ・まり)」凄くインパクトのある名前です、何か由来がありそうです。
では、もっと詳しく名前の由来や、シャンソン歌手としての活動に迫ってみましょう。
【画像】鬼無里まりはキカイダーが由来?
石ノ森章太郎原作、変身ブーム真っ只中の1972年7月~1973年5月に放送された「人造人間キカイダー」。
“正義と悪の狭間で苦悩する人造人間”というテーマのもとに、ギターを弾きながら登場する人造人間ジローが印象的。当時絶大な人気の「仮面ライダー」とは違い、なんとも哀愁ある物語だったのです。
そのキカイダーの特撮版人間態(アンドロイド)の名前はマリ、演じたのは志穂美悦子さんでした。
必殺技は胸から光線を放つ「ビジンダーレザー」、ライダーキックに似たキック技「ビジンダーシュート」等、アクション女優の魅力がさく裂。
キカイダーは、志穂美悦子さんにとって相当な思い入れがある作品なのでしょう。
シャンソン歌手として新たな芸名をつける際にこのビジンダーのマリから名付けています。
千葉真一さんが主宰するジャパンアクションクラブ (JAC)に在籍していた志穂美悦子さん、吹き替え無でのアクションも洗練されていました。
ビジンダーの姿も今の姿もどちらも迫力あって素敵です。
鬼無里の由来は長野市鬼無里村から
鬼無里(きなさ)の名前の由来は、志穂美悦子さんが偶然見たテレビでこの地域の名前を知った事がきっかけだったそうです。
山に囲まれたとっても長閑な地域ですが、鬼無里は「鬼がいなくなった里」という事で伝説が残されています。
伝説1:天武天皇の時代にこの土地への遷都を防ごうと鬼が一夜のうちに山を作り平地をふさいでしまった。
それに怒った天武天皇が鬼を征伐し鬼がいなくなった。
伝説2:京の都から流刑にあった紅葉という女性が、都の文化を伝える一方で、人々の心を乱し、他村を荒らし、いつしか鬼女と呼ばれるようになり、やがて退治されました。
志穂美悦子さんは下記のインタビューでなんて素敵な名前と言われているので、この伝説は知らなかったのかもしれません。
「鬼無里って名前がテレビに字で出て、なんて素敵な名前なんだろうと。インパクトと名前の美しさと名前の強さと私の体の中に入っていったというか」
引用先:NBS
志穂美悦子さんが、「鬼無里(きなさ)まり」の芸名を使うようになって、鬼無里神社を訪れたり、地域振興会の方と親睦を図られたり、この地域の知名度が一気にアップ。町おこしにも貢献されているようです。
志穂美悦子はシャンソン歌手になっていた!
2024年6月に、作詞家の湯川れい子さん主催「エターナルソング・コンテスト」受賞作品お披露目コンサートに、鬼無里(きなさ)まりとしてシャンソン歌手デビュー飾っています。
シャンソンとの縁について、東京・銀座に1990年まであった日本初のシャンソン喫茶「銀巴里」に22・23歳頃に通っていたとの事、40年以上も前から趣味としてシャンソンを聞いたり、歌ったりしていたようです。
但し、嫁いだ家がなかなか歌える状況ではなかったので…とインタビューで語っています。
冗談でしょうけど、夫の長渕剛からは賛成されてなかったのかな?
シャンソンには長年親しんできていましたが、「お母さん」と慕っている湯川れい子さんの依頼でこのコンサートの出演を決めたのだそうです。
長年の夢が叶ってよかったですよねー。趣味に留めておくにはもったいない歌唱力だそう。
鬼無里まり(志穂美悦子)のプロフィール
- 本名:長渕悦子 (旧姓:塩見)
- 芸名:志穂美悦子
- シャンソン歌手としての芸名:鬼無里まり
- 生年月日:1955年10月29日
- 出身地:岡山県西大寺市
- 職業:俳優、歌手、フラワーアーティスト
- 配偶者:長渕剛(1987年から)
- 子供:文音(長女)、WATARU(長男)、長渕蓮(次男)
長女の文音(あやね)さんは女優、長男はラッパーのWA航RU(航・わたる)さん、次男は元レーシングカードライバーで現在はシンガーソングライターのReN(長渕蓮)さん。
両親の血を受け継いで、お子さんたちも夫々才能ありますね。
鬼無里まり(志穂美悦子)の経歴
中学・高校と陸上部に所属、中学時代には80メートル・ハードルで、13秒4という岡山県歴代2位を記録。
『キイハンター』を観て以来、千葉真一の熱狂的ファンとなり、夢はスタントマンになることだった。
17歳(1972年)の時千葉真一が主宰するジャパンアクションクラブ (JAC) を受験して合格!
1973年からはアクション女優として、千葉真一主演の映画に数多く出演。
剣技だけでなく格闘をメインにし、吹き替えなしで複数作品に主演したアクション女優としては日本映画史上初の存在であり、その後も追随する者は現れていない。
1985年にはJAC から独立し、個人事務所を設立。
その後、映画『二代目はクリスチャン』に主演。
清純なシスターが、ひょんなことからヤクザの二代目を襲名するという斬新な物語で大ヒット。
1986年のドラマ『親子ゲーム』や映画『男はつらいよ』で共演した長渕剛と結婚し、芸能会を引退。
2011年からは、フラワーアーティストとして活動開始。
2024年からは、鬼無里まりの芸名でシャンソン歌手として活動開始。
まとめ
鬼無里まりの芸名の由来、色々と興味深かったですね。
ひょんなことから町おこしまでに発展するとは、面白い展開です。
志穂美悦子さん、フラワーアーティストとシャンソンの世界をうまく融合させ、お花と歌のイベントも行われています。そして、今でもトレーニングを続けておられるようで、身体はムキムキ。かなりマッチョです。
これからも鬼無里まり(志穂美悦子)さんの精力的な活躍が見られそうですよ。
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